2021年6月8日火曜日

EVE Gate共同研究複合施設(EVE Gate Joint Research Complex)

 (原文:https://evetravel.wordpress.com/2021/05/16/eve-gate-joint-research-complex/)


惑星ニューエデンIの上に掛かる、共同研究複合施設の全体。
ワームホールの残骸「EVE Gate」が遠くできらめいている。


たまには、初心にかえるのも悪くないだろう。

 

ここに来ると、いつもそのことを思う。私は再び、星系の方のニューエデン(New Eden)を訪れていた。伝説のEVE Gateに最も近い場所だ。ニューエデンは崩壊したジャンプゲートの遺跡まで3光年も離れているが、誰にとってもEVE Gateといえば、最も密接なのはこの星系だ。崩壊したワームホールの姿はアマー・プライム(Amarr Prime)からも肉眼で拝めるし、クラスタのどこでも望遠鏡を使えば観察できる。だが、古代のスターゲート遺跡が放つ壮大な光のショーは、ニューエデン(と少し見栄えは悪いが、ひとつ離れたPromised Landという星系)を訪れた人しか拝めない。ワームホールからはエネルギーがループとなって渦巻き、止まることなくねじれ続けている。反対側に何があるか見定めようとしても、ワームホールの中央は白色矮星よりも眩しく輝いていた。

 

研究施設と周辺設備の見やすい写真がこちら。

驚くにはあたらないが、EVE Gateは長らく科学者の関心を惹きつけてきた。今のところ研究者の間では、EVE Gateを建設したのは我々の遠い祖先であり、人類はニューエデンから他の星々へと拡散したという説が広く支持されている。古代遺跡と同じくらい古く、程度の軽い損傷が見られるスターゲートが、ニューエデンから各地へと放射状に広がっていることも学説を支持していた(もちろん、人類がさまざまな星で誕生した説もなくはないが、少なくとも7つの異なる世界で同じ進化を遂げた生物が独立して出現する確率なんてものは、限りなく不可能に近い)。とりわけ、シスターズ・オブ・イブ(Sisters of EVE)は非常に長いことゲートの存在に魅了されている。その理由は科学的関心もあるが、宗教的な動機も混ざっている。彼らはゲートを天からの贈り物だと考え、秘密を解き明かすために昔からゲートの近くに研究施設を保有していた。崩壊したワームホールがつくる磁気嵐の濁流近くに建設された研究施設としては、長らく唯一の存在だった。

 

EVE Gateの姿は常に変化している。

だが、最近シスターズ・オブ・イブはコルアゾール家(House Kor-Azor)と協力して、ニューエデンのより利便性に優れた場所に第二の研究施設を開設した。コルアゾール家はジェネシス(Genesis)リージョンの一部を統治する、アマ―(Amarr)国の家柄だ。シスターズ・オブ・イブと同様、アマーもまたゲートに対して複雑な事情を抱いていた。アマーの首都からはあからさまにゲートが見えることもあり、アマー経典(Amarr scripture)にはゲートの存在がいくらか大げさな姿で描かれている。だがもちろん、アマーはゲートに対して科学的な関心も寄せている。恐らくこうした相反する感情から、アマーはゲートの研究に本腰を入れるのを避けていたのだろう。だが新しいコルアゾール家の後継者エルシリア(Ersilia)は、ついにゲートの研究を本格的に進めることを決めた。シスターズ・オブ・イブとの共同で研究を行う機会は、むざむざ諦めきれなかったわけだ。

 

現在、共同研究センターは本格稼働しており、その場所は広く知られるところだ。Auraは新しいシスターズ・オブ・イブのステーションに対して、次のようにコメントしている。

 


このステーションは、ニューエデンでシスターズ・オブ・イブが研究を行う際の中心的ハブの機能を果たしています。

 

シスターズ・オブ・イブは、EVE Gateというワームホールの残骸を科学的研究の重要課題としてだけでなく、宗教的信仰の対象と捉えています。彼らの信仰によると、EVE Gateは神からの賜物であり、ゲートを献身的に研究し、秘密を解き明かすことは神の意志に沿う行いだと考えています。また、神はEVE Gateの反対側へ退いており、天の領域から神に従う者を導き守護すると信じています。

 

シスターズ・オブ・イブは、あくまで自分たちの活動は科学的な研究であると注意深く強調しており、共有施設では自らの宗教的信条について議論を避けています。こうした態度は、共同研究を行うコルアゾール家の当主を当惑させる事態を避け、アマー帝国内の敵対者から「違法な布教活動を行っている」との非難を受けないためです。

 

また、共同研究施設のコルアゾール側を調べると、Auraは次のように話した。

 


このステーションは、ニューエデンでコルアゾール家が研究を行う際の中心的ハブの機能を果たしています。

 

古くから、コルアゾール家は領地の外や国外勢力との政治・貿易・科学的な交流を通じて、アマー帝国内での基盤を固め、影響力を拡大することに熱心でした。正当後継者のエルシリア・コルアゾールは、家督を継いで以来この方針を再び強く推進させており、コルアゾール家は外部団体との連携強化に成功しています。

 

コルアゾール家は、ニューエデンシステムを含むジェネシスリージョンの一部を領地に抱えています。領地に科学的な研究価値の高いEVE Gateがあることから、コルアゾール家はシスターズ・オブ・イブと協力するに至りました。両者は肩を並べているものの、コルアゾール家はシスターズ・オブ・イブの活動を注意深く監視しているようです。サイトに駐在するアマー帝国内務省(Ministry of Internal Order)の侍従は独自の監視体制を敷いており、あらゆる活動に目を光らせていることを忘れないでください。

 

EVE Gate自体に対して、Auraは次のようにコメントしている。

 


ニューエデンのシステムには、何物も通り抜けできないEVE Gateが存在しています。数千年前、人類の祖先はゲートを通じてEVEの新世界に足を踏み入れました。しかし、ゲートは遠い昔に崩壊。その影響により、当時ニューエデンシステムにあったすべての惑星は破壊され、脆弱な居住施設はなぎ倒され、人類は絶滅の危機に陥ったほどです。現在もなお、ゲートに近付く愚行を犯せば、巨大な遺跡を取り囲む磁気嵐によってバラバラに引き裂かれる末路をたどるでしょう。

 

近くの白色矮星よりも圧倒的に強くゲートは輝いている。

共同研究基地の主要部分は2つのステーションから構成され、ニューエデンにたったひとつ存在する惑星を周回している。コルアゾール側のステーションは、アマー帝国の標準的な建築様式を設計に取り入れている。このデザインを見ると、私はいつも宇宙を滑空する帆を連想するものだ。だが、主要ドッキングポートには球根状の何かがぎこちなく配置されていて、空駆けるイメージを少し台無しにしていた。シスターズ・オブ・イブ側のステーションは、テーラ(Thera)で彼らのステーションを見たことがある人にとっては馴染み深い外観だ。ガレンテ(Gallente)建築による3つのリングを持つステーションは、シスターズ・オブ・イブを象徴する白と赤の塗装で彩られている。2つのステーションは周囲に数多くの計測機器を抱え、どんな研究を行っているか想像もつかないが、ワームホールの残骸が放出するテラバイト単位の膨大なデータを絶えず収集していると思われる。

 

愛車の「Professor Science」は漕ぎ出した。

研究所の外観をよく観察しようとしても、すぐ横でEVE Gateが圧倒的な存在感を放っており、つい目を奪われてしまう。ワームホールの残骸は絶え間なく姿を変え、私は初めて見たときと同じ気持ちで目の前の光景に魅了されていた。ワームホールの残骸がこれほど明るく、3光年先からでも眩しく感じる光を放っていることは、時空の裂け目からどれほど膨大な力が溢れているか物語っていた。だが、私たちの心を最も強く惹きつけるのは、ゲートの先に(恐らく)人類の祖先が生まれ育った古郷があるということだ。今もなお、ワープドライブを使わず自力でゲートに近付こうとした船が、真新しい残骸を意味するマーカーの形で点在している。私がパイロットになった頃にはすでにあった、探検家の通過儀礼だ。

 

たしかに、たまには初心にかえるのも悪くない。ただ、残骸になる以外にも方法はある。






(翻訳:渋丸)

2021年6月4日金曜日

EVE Online初心者向け情報公開のお知らせ

 初心者教育コーポNew First Step[N-F-S]で利用されている(されていた)資料の一部公開することにしました。また、一部の有用と判断された記事の再掲のためにドキュメントリンクを追加しました

仕様変更により情報が劣化しているため、現在の仕様とは一部適合していません。そのことを留意した上で各項目を閲覧することをお勧めいたします。


初心者ガイドと同様にご活用ください。



以下のものは読む前にベテランや経験者以外は初心者ガイドをご一読しておくことをお勧めします。
N-F-S PvP用資料

MURAKU式zkill利用ガイド2019年版



公開に至った経緯


ヘルプchや各社の初心者への質問に対する回答であまりにあんまりな回答を観測することが多く、各社の人達から相談されたのがキッカケです。


ちょうどN-F-Sでも情報更新などのこともあったこと、そのまま破棄するよりは古い情報でも公開したほうがいいだろうということ、ここに乗せた情報は各初心者コーポでも解説できる人がいるものであり、事前資料の有無は各社の担当が労力を大きく減らすことにつながることから資料を公開することにしました。



2021年5月16日日曜日

プロジェクト・ディスカバリー:フェーズ・ツー記念モニュメント(Project Discovery Phase Two Monument)

 (原文:https://evetravel.wordpress.com/2021/04/11/project-discovery-phase-two-monument/)


フェーズ・ツー記念モニュメントの外観


 

New Edenは、広大な宇宙の中にある、ほんの一部の領域に過ぎない。天知る、地知る、誰もが知るところだが、ふとすると忘れそうになることだ。5000余りの星系には、数千人のカプセラがひしめく場所や、数百万の船が行き交う地点、数兆人の市民が生活する空間がある。こうした星々をうろつくだけでも、銀河をまたがり旅をしている気分になる。しかし、New Edenだけでも広大だが、宇宙はそれ以上に広い。我々は銀河の片隅を上手に調べてきたが、スターゲートの届かない領域に何があるか、誰も知る人はいない(もちろん、私たちの場所とは呼べないAnoikis銀河のように、到達可能な場所であっても謎は多い)。ヌルセクから空をちょっと見上げると、大きな星雲が確認できる。それらが組み合わさり、銀河という巨大な円盤を形成している。こうした眺めを見ただけでも、私たちの技術や発展というものは、宇宙を統一的に理解しようと計画したところで、何と心許ない進歩だろうかと愕然とする。

 

中央モニュメントの近景

しかしそれは、銀河を知ろうとする知的好奇心を妨げるものではなかった。カプセラは以前の研究プロジェクトにおいて、データ解析のマンパワーとして有益な力になることを証明した。驚くにはあたらないが、今度はNew Edenの外に可能性のある惑星がないか、データを解析するプロジェクトにお呼びがかかった。プロジェクト・ディスカバリー(Project Discovery)の傘下で再び、カプセラたちが力を合わせることになった。プロジェクトのフェーズ・ツー(Phase Two)では、スターゲート網の外にある恒星について、光度曲線を調べることになった。グラフの中で光度が定期的に落ち込む場合、恒星の前を遮る惑星が周回している可能性がある。フェーズ・ワン(Phase One)と同様、カプセラたちは熱意を持ってプロジェクトに取り組んだ。彼らは提供されたデータ群をすみやかに解析し、新世界を探索する船の行き先を決める足掛かりを、New Edenの天文学者にもたらした。

Pakhshiの輝きが通過していく様子


その後、プロジェクト・ディスカバリーは多大な分析リソースを必要とする新しい病気を研究するため、新プロジェクト・新フェーズに移行した。だがプロジェクト・ディスカバリーは、恒星分析に多大な貢献を果たしたカプセラたちの努力と、フェーズ・ツーの発見を記念し、特別なサイトを建設した。数週間前に発表されたこのサイトは、PakhshiCONCORDスペースに建てられた。サイトの設計はシンプルだ。中央の台座に立つメモリアルを囲むように、記念展望台がいくつか配置されている。台座から照射されるホログラムには、恒星を周回する4つの惑星が描かれている。プロジェクトの研究を力強く推進した、中心人物たちを象徴したものだ。ホログラムの中で、4つの惑星は黄色い恒星の周りをゆっくり周回していた。

 

予想通り、モニュメントの台座をキューに入れると、Auraはいくつか情報を示した。

 


プロジェクト・ディスカバリーのフェーズ・ツーは、YC1197月に開始されました。タンパク質分類の解析で多大な成功を収めたフェーズ・ワンに続き、新プロジェクトはCONCORD深宇宙研究責任者であるミシェル・マイヨール(Michel Mayor)教授の指導の下、新しい太陽系外惑星を探索する試みが行われました。

 

このフェーズを境に、プロジェクト・ディスカバリーの主催はシスターズ・オブ・イブ(Sisters of EVE)からCONCORDアセンブリ内の専門研究部署へと正式に移行しました。

 

プロジェクトの中でカプセラたちは専門性を発揮し、光度曲線の中に惑星通過の痕跡を探すことで、惑星の在りかを探索しました。その結果、プロジェクト・ディスカバリーのフェーズ・ツーは、約3年に渡る活動によって新しい太陽系外惑星の探索を大きく推進させました。

 

プロジェクト・ディスカバリーのフェーズ・ツーはYC122615日に完了し、フローサイトメトリー法(Flow Cytometry)のデータを解析する、フェーズ・スリーの新プロジェクトが開始されました。

 

プロジェクト・ディスカバリーの光度曲線分析において、多大な貢献を果たしたカプセラたちの記録については、フェーズ・ツー記念モニュメントのデータベースを参照してください。

 


その後、Auraのコメントには、中央の台座にエントーシス・リンク(Entosis Link)ポートが開かれていると続いていた。私はモジュールを1サイクル実行し、研究成果の短い記録をAuraのデータバンクにダウンロードした。データには、フェーズ・ツーでランク2000から5000に到達した、すべてのカプセラが記録されていた。

 

愛車の「Professor Science」がエントーシス・モジュールを回している

実はフェーズ・ツーが始まった当初、私も手を動かしてプロジェクトの分析をやってみたことがある。恥ずかしながら、長期プロジェクトに辛抱強く貢献を果たすための忍耐が私にはなかった。しかし、たとえほんの一部であっても、宇宙の神秘を紐解く活動に助力できたことを誇らしく思う。空には数千の星がまたたき、それぞれ語るべき物語を秘めている。プロジェクト・ディスカバリーのフェーズ・ツーは、その物語を知る上での助けを果たした。私たちの誇るべき功績だ。

 




 (翻訳:渋丸)


2021年5月1日土曜日

Drifters(ドリフターズ)に関するストーリー - そして彼らの正体についての考察 その2

 (原文:https://forums.eveonline.com/t/compilation-speculation-the-lore-of-the-drifters-and-their-other-possible-identity/143079/2)


アルファ

YC118年1月初旬、アノイキス銀河の中でもハイヴサイトのあるシステム各地にて、シスターズ・オブ・イブの小隊の姿が目撃された。彼らが現れたのは、ハイヴサイトのアクセス難易度が変更されたのと、全く同じ時期だった。また、カプセラたちがドリフターズをアマ―の領域から引き離す二度目の衝突とも、時期が被っていた。アノイキスで目撃された小隊は、後にドリフターズのバイオテクノロジーを調査していたことが暴露された。直後、シスターズ・オブ・イブが主催する「プロジェクト・ディスカバリー(Project Discovery)」の発足が発表された。プロジェクトは、参加者の自発的な研究協力によってドリフターズの生体組織サンプルを解析し、新たなテクノロジーの確立を目指す公開プロジェクトだった。


YC118年は、ほとんどドリフターズに関連したイベントは起こらなかった。ただし、「Arithmos Tyrannos」という新たなパイロットが出現したのは、この年の出来事だった。彼らはハイクラスのアノイキスシステムでスリーパーの飛び地を守り、資源の略奪を防ぐよう任命されたのだと思われる。この時期の主なイベントといえば、ジョビ理事会がコンコードから離脱し、後任に意識思考学会が指名されたことくらいである。(この背景については「Inheritance」を読んでください)


YC118年10月の終わり、四大国は新しいクローン技術を軍事的に応用しようと実験を行っていたことが暴露された。このクローン技術は、コンコードの協定を巧妙に避ける形で、シスターズ・オブ・イブから同時に四大国にもたらされていたことが明らかにされた。テーラの存在を最初に暴いたことで知られるシスターズ・オブ・イブの分離派メンバー、シスター・タヤ・アキラ(Sister Taya Akira)は、事が明るみになった数日後、次のように警告した。「新しいクローン技術は、プロジェクト・ディスカバリーの協力のもと、ジョビの生理機能へのより深い理解を目指してドリフターズのサンプルを研究した結果から得られた直接の産物である。ドリフターズやアノイキスから得られた技術的進展というのは、最大級の警戒をもって見守るべきである。」


11月はじめ、タヤ・アキラは、ドリフターズの活動に変化が見られたことを報告した。ドリフターズは新たなテクノロジーが開発されていることに対して、何か行動を起こす準備を進めているのではという見方が広まった。11月15日、コンコードは自主自立したカプセラたちに向けて、アルファクローンという新技術を公表した。次の日、ドリフターズが再び襲撃を開始した



ドリフターズは、New Eden全域に点在する四大国の極秘軍事研究施設を標的に定めた。極秘施設は採掘サイトの近くに位置しており、謎に包まれたスリーパーのインフラ設備にほど近い場所に建てられたものもあった。極秘施設に対してドリフターズが集中攻撃を開始すると、四大国は強い軍事的反発を示した。各国の海軍は多数のカプセラ候補生のトレーニングを促進させ、直面する脅威への対策を急いだ。ドリフターズを退ける闘いは、新たなドリフターズ・ハイヴを戦場にして、最終局面に突入した。しかし、ハイヴは前例がないレベルの巨大質量転送によってk空間へと転移された。ハイヴを移動させるために使われた極渦の残りは、ネクサスアノマリで見つかるものと類似していた。しかし今回の極渦は、周囲に大量のデブリが散らばっており、ネクサスの極渦の中心とは異なる色のコアポイントを持っていた。アノイキスシステムにはカプセラにとって未発見の場所があり、まだ見ぬドリフターズのインフラ設備が存在していることを示唆していた。ハイヴは破壊され、帝国とカプセラたちの奮闘により、ドリフターズは再び退けられた。


2021年4月26日月曜日

2021年4月25日日曜日

ONCBNからお知らせ

c8n8o16[ONCBN](以下ONCBN)はGoonswarm Federation[CONDI](以下GSF)を脱退しました。


いろんな憶測が出ると思いますので、先にいくつかの点だけ表明しておこうと思い、このお知らせを書いています。

1,ONCBNの離脱はかなり前から予定されていた

ONCBNの離脱自体は戦争を始まる前から一部のメンバーと話していました。GSFという環境に慣れすぎて組織の成長が停滞していたことや、 これ以上の成長を望むなら様々な問題や要因から環境を変えるべきではないか?という話題がありました。 その後、いくつかの出来事を得て再日本語化を契機にコーポ内でメンバーに離脱を考えてる旨を伝え、プロセスを経て決定しました。 一部の方はご存じの通り、Muraku Butlerがリアルの影響でEVEから距離を置いていたことも時期が後ろ倒しになっていた原因となっております。

2、戦争が離脱に影響したか?

メンバーのモチベーションという点では戦争の影響を否定できるものはありません。個々の意見になりますが、戦争中の幾つかの出来事でモチベーション維持ができなくなったメンバーがいるのは事実です。

3、なんで最後までGSFに残って戦わなかったのか?

誇りのために戦い続けるという決断を下すには、ONCBNに所属する数十人とN-F-Sで育ってきている初心者を巻き込むには中々厳しく、ONCBNの組織内での目標の達成が困難になっていたことなどが要因としてあげられます。 その後、いくつかの協議を重ねて戦争の終わり方、その後の各種動向予測をした際にこれ以上の継続は不可能だと判断し、今月の離脱を決定しました。 Muraku Butler



2021年4月12日月曜日

翻訳こぼれ話: 英語は前から訳すか?後ろから訳すか?

 

前書き

EVE Onlineの世界は広い。それは長年に渡る有志の翻訳活動や、公式の日本語対応が復活した現在もなお、EVE Onlineに関する未翻訳の情報は公式・非公式問わず膨大に残されていることからも、いかにNew Edenの宇宙が広大であるか、うかがい知ることができる。普段ならここでEVE Onlineに関する未翻訳文書を日本語で紹介する記事を投稿するところだが、今回はちょっとだけ脇道に逸れた話をしたい。

改めて自己紹介させていただくと、自分は渋丸や4bumar Sarainの名前で活動する一般的なカプセラの一人で、ONCBNに所属する傍ら、コーポのブログからいくつか翻訳記事を発表している。特段、言語学や英文学を専攻しているわけではないため、これから話す翻訳についての話題は、何かしらの学術的な後ろ盾があるわけではない点に留意していただきたい。ちなみにこの原稿を書いている最中、飼っている白文鳥の「黒毛和牛」に右手を不法占拠されたため、以降は左手の人差し指のみを使って原稿を作成する。ちなみに両手が使える状態であれば、ブラインドタッチによる文章作成は余裕で出来ることを強調しておく。

 

1.    英語は「後ろから訳す」のがセオリー

まず最初に、今回のタイトルで提示した命題を改めて確認しておきたい。今回の話題は「英語は前から訳すか?後ろから訳すか?」という問題についてだが、日頃あまり翻訳を経験したことがない方にとっては一体何を問題にされているんだか内容が掴みにくいかもしれない。

例として、「This is a missile.」という見慣れた英文に対して翻訳を試みてみよう。

まず単語単位で日本語に直してみると「これ は ひとつ ミサイル。」という一対一対応で日本語化される。日本語では「a」のような冠詞を重要視しないことから、日本語として自然な形に手直しすると「これはミサイルです。」という訳文が完成する。この例文だけを取り上げるなら、英文中の語順はほぼそのまま日本語の語順と一致しているため、「英語は前から訳す」形になっていると言える。

ところが英語は、何もこういった素直な形の文章ばかりではなく、むしろ前から素直に訳せる例は非常に少ない。

例えば英語は関係代名詞によって文章の内容を充実させることが非常に多いが、先ほどの例に対してさらに関係代名詞を使って拡張すると「This is a Scourge Fury Heavy Missile which I luckily got from that ship wreck.」などの例文が用意される。

ここで首をもたげるのが、「英語を前から訳すか?後ろから訳すか?」という問題である。「which」以下の文は「Scourge Fury Heavy Missile」を修飾させる形でかかっており、「Scourge Fury Heavy Missile」について、より詳細な情報を説明する内容になっている。

ここで「後ろから訳す」という方針が取る翻訳の行動というのは、「which」以下の補足説明をすべて「Scourge Fury Heavy Missile」の前に持ってくることで、関係代名詞を使う前の状態に復元した後、英文を訳すことを意味する。

今回の場合、「これは私が運良くあの船の残骸から拾ってきたスコージ・フューリー・ヘビーミサイルです。」という訳文が完成する。恐らくミサイルを拾った人は運良く船の残骸を見つけたのではなく、運良く屠りやすいドレイクなどの獲物を見つけて始末したのだろう。宇宙で船が勝手に爆発して残骸になることはあり得ない。

ここで注意したいのは、「後ろから訳す」とは言っても、決して文章の最後の単語から順番に訳すわけではない。

では、なぜ「後ろから訳す」必要が生じるのか?大きく理由は2つあると思うのだが、端的に言ってしまえば、日本語には「名詞にかかる修飾内容が肥大化してしまったときの対処方法」が基本的に存在しないからだと言えるのではないだろうか。専門じゃないためこの点はあまり断言できないが、一応それなりの根拠はある。

英語というのは名詞をかなり重要視する言語のため、文章の内容を充実させようとすると名詞にかかる修飾が無限に肥大化して頭が重くなってしまうようになっている。しかし、いくら英語にとっても、あまり名詞にかかる修飾が肥大化しすぎるとかえって文章全体の構図が分かりにくくなるため、文法的な決まり事の下に肥大化した修飾内容を後ろに下げるという操作がよく行われる。形式主語「It」は英語で頻繁に使われる文法だが、これは肥大化した主語を後ろに下げる代表的な方法だと言える。

ところが日本語は、名詞にそこまで大量の修飾を背負わせることはない。日本語は、「名詞にかかる修飾内容が肥大化しすぎて困った」といった悩みを感じることはない。日本語には英語のつらさが分からない。そして必要に迫られないところに言語は発展しない。日本語には、基本的に「名詞にかかる修飾内容が肥大化しすぎたときの対処方法」を使うのはメジャーではない。

もちろん、無いなら無いなりにそれなりの方法は有るには有る。それが「前から訳す」という翻訳手法が取る行動になる。

例えば先ほどドレイクを撃墜させた人の例文の場合、「前から訳す」ことを試みるというのは、「一定の決まり事の下に名詞にかかる修飾内容を後ろに下げる」という原文の文章構造をそのまま踏襲して訳すことになる。すると「これはスコージ・フューリー・ヘビーミサイルだが、このミサイルは私が運良くあの船の残骸から拾ってきたものだ。」という訳文が完成する。

一見すると、「後ろから訳す」訳文と「前から訳す」訳文は、同じ内容になっているように見えるかもしれない。しかしこの2つの文を比較するとき、もうひとつの問題が首をもたげることになる。それは、英語は「先頭重視」の言語で、日本語は「後方重視」の言語だという問題だ。

 

2.    英語は「先頭重視」、日本語は「後方重視」

文章というのは、言葉を並べる順番を入れ替えることで、読み手が文章から受ける印象や文章全体が持つ意味合いを変えることができる。その変化はごくわずかである場合もあれば、致命的な差異になるパターンもあるため、語順の問題は簡単なように見えて実は根が深い。

例えば次の2つの例文を見てみよう。「私は昨晩タイタンを墜とした。」という文と、「昨晩タイタンを墜としたのは私だ。」という文は、文章から受ける印象が明確に違うと感じる方は多いのではないだろうか。最初の例文は、恐らく暗い顔をしてがっくりとうなだれているところを、心配したコーポのメンバーから理由を尋ねられて、ようやく重たい口を開いたのだろう。次の例文は、恐らくヌルのローカルチャットで、昨晩タイタンを堕とした間抜けがいるらしいと笑っている奴がいるのを見つけてしまい、ブチ切れて思わず切り出してしまったのだろう。

なぜこの2つの例文は、文章から受ける印象が違うのか?それは、日本語が「後方重視」の言語だからという理由が大きい。と説明しても、言語学に詳しい人からは怒られないと思う。

日本語は基本的に、文章の後半や終わりにかけて最も重要な情報が開示される言語だ。そして先ほどの2つの例文は、それぞれ重要とされる位置に来ている言葉が違っている。

最初の例文の場合、「タイタンを堕とした」という情報が後半に置かれている。つまり、この文章は「タイタンを堕とした」という情報を強調している構造になっており、この人物がなぜこれほど暗い顔をしているのかという謎に対する答えとなっている。

一方、二番目の例文の場合、後半に置かれているのは「私だ」という情報について。「昨晩タイタンを堕とした間抜けがいるらしい」という陰口を本人の目の前で叩くという大間抜けに対して張り手をお見舞いするのだから、やはり強調すべき情報は「私だ」以外にはないだろう。

このように日本語は「後方重視」の傾向があるため、文章の後半に置かれた情報ほど内容は重要だということになる。一方、英語は「先頭重視」の傾向があり、日本語とは逆に文章の先頭で真っ先に開示される情報が最も重要な内容になってくる。

ではなぜ、「前から訳すか?後ろから訳すか?」という問題が「先頭重視・後方重視」と関わってくるのか。それは「前から訳す」ことで誕生した訳文と「後ろから訳す」ことで完成した訳文の違いは、まさにこの「先頭重視・後方重視」の評価基準に照らされることで良し悪しの裁定が下されるからだ。

ここで先に正解を言ってしまうと、一般的により良い訳文として軍配が上がるのは「後ろから訳す」方式だ。何故なら裏の裏は表に他ならない。英語が後ろに下げた情報を前に出して訳す「後ろから訳す」方式は、英語にとって重要度が低いとされる後方にある情報を前方に押し出して日本語化するため、「先頭重視・後方重視」が英語とは反対の世界の日本語にとってはまさしく適切な語順になるからだ。

非常に長い論証となったが、「英語は後ろから訳すのがセオリー」と言われるのは、こうした「裏の裏は表」理論が事由になっている。

 

3.「後ろの単語から訳す」ことを試みる勢力もある

ここで少し話題が脇道に逸れるが、「後ろから訳す」という手法を解説するときに「決して後ろの単語から順番に訳すわけではない」と説明したのを覚えているだろうか。もちろん、後ろの単語から順番に訳すのは完全に誤訳の源であり、訳し方としてはどんな温厚な審判であってもレッドカードを贈呈するのを惜しまないくらいにはあからさまにアウトだ。

しかし世の中には、「後ろの単語から訳す」というタブーをあえて試みる勢力もある。「後ろの単語から訳す」なんて言い方は小綺麗すぎるくらいで、実際にはスパゲッティをマッシュポテトみたくぐちゃぐちゃにすりつぶして食べるような訳し方をしている。イタリア人が見たら卒倒してしまうだろう。

そんな汚すぎる訳し方をしているのが、最近「精度がいい」と話題の人工知能だ。実は人工知能が行っている翻訳というのは、まず英文を単語単位で日本語化し、ありとあらゆる語順に並べ替えて訳文を作ってみるという総当たり方式。そして出来上がった無数の訳文について評価を行い、誤訳と判定された訳文については「今後同じような語順で訳さない」と覚え、適切と判定された訳文については「今後同じような語順で訳してみる」と覚える。もちろん、機械翻訳の登場初期は「エキサイト翻訳」の悪名でよく知られるところであり、とても人間が考えつかないような珍解答の誤訳が非常に手軽に爆誕したものだったが、現在は安定した精度で英文を日本語化できる人工知能が数多く登場している。ただしエキサイト翻訳の芸風は現在も健在な模様。

実際にGoogle翻訳などの機械翻訳を使ってみたことがある人なら実感したことがあると思うのだが、こうした機械翻訳は複雑な関係代名詞や修飾関係を極めて高い精度で翻訳できるのが大きな特徴だ。それこそ、原文では7行半に渡る複雑な文法構造になっている長文を訳すときなどは、人の手で翻訳する場合、文の後半を読んでいる途中で前半の内容を覚えきれなくなるため、「後ろから訳す」方式の翻訳をするときは非常に手強い相手となるが、機械翻訳なら「読んでる途中で内容を忘れる」などという人間臭い苦労はない。どれほど文法的な修飾関係が複雑であろうとも、正しい文法を使って書かれた英文なら極めて高い精度で日本語へと翻訳することができる。

この手の機械翻訳の話をすると、後に続く話題というのは決まり文句のように「しかしだよ君、機械翻訳は所詮、機械が人間の真似事をしているに過ぎないわけで、優れた翻訳者が生み出すような洗練された意訳は出来ないわけだ」という機械批判が始まるのが定石だが、今回はそれほどオーソドックスで王道な話をするわけではない。ここで是非とも、さらに脇道に逸れた話へと進んでいこうと思う。

 

4. 機械翻訳にとって弁慶の泣き所は「裏の裏が裏」パターンにある

先ほど「機械翻訳は複雑な文法構造を極めて正確に翻訳することができる」という話をしたばかりだが、実は機械翻訳の弱点は、その正確性の高さにあると言ってもいい。ここで例えば、機械翻訳には「意訳」をつくるとか「名訳」を生み出すといった機転の利いたことは出来ないといった話をくだくだと始めて、人間様を一生懸命持ち上げるような弁明をしなくても、そもそも機械翻訳には構造的な欠陥があるのだ。

これまでの話の中で、「後ろから訳す」方式は「先頭重視・後方重視」が逆転した日本語へ訳す際に「裏の裏は表」という道を経て訳文が作れるため、「裏の裏は表」理論で、結局、原文に即した内容の翻訳ができるという話をした。だからこそ、「後ろから訳す」方式は翻訳のセオリーだと説明した。ところが「セオリー」があるところに「意外な展開」は付きもので、「定石」があるところに「奇手」や「からめ手」は必ず存在する。

 

そう、世の中にはあるわけだ。

「裏の裏が裏」パターンというのが。

 

これはもう実例を見て頂いた方が話は早いと思うので、実際に遭遇した「裏の裏が裏」パターンをここで紹介したいと思う。

For a better visualization data points are connected with a line which is not indicating any other calculated data.

これを「後ろから訳す」方式で訳すとすると、「より良い可視化のために、データポイントは他の計算されたデータを示さない実線で結びました。」という訳文が完成する。こうして、一体何の話をしているのかさっぱり意味が分からない日本語がここに誕生する。ちなみに、高い翻訳精度で有名のGoogle翻訳を噛ませた場合も、これとほぼ同様の訳文が完成する。

なおここで、この文章が一体どんな話をしているのか解説すると、まずこの文章はとあるデータを統計的に分析した結果を解説する目的で書かれている。背景となる統計解析には、グラフに打たれたデータポイントを実線で結ぶ方法にいくつか種類があり、数学的な計算によって導き出される近似直線のようなものもあるのだが、この実線に関しては一切そういった計算処理の手を加えていないという話をしている。

恐らく多くの人は、小学生の頃に理科の時間にあさがおの成長記録をつけたと思うが、日付ごとに記録したあさがおの身長について「一番近い直線を引いてみよう」と先生に言われ、苦心しながら定規で直線を引いたのを覚えているだろうか。子供心に「グラフがガタガタすぎて、どの直線が一番いい直線になるんだか分かりゃしねえや」と理不尽に思ったり、クラスメイトが太いえんぴつを使って線を引けばすべての点が直線上に乗ることに気付いたのを見て自分もそれを真似したり、さまざまな思い出があるだろう。

実は小学生の頃に先生が教えてくれなかったことだが、この直線の引き方には数学的なうまい方法があって、一定の計算処理をすれば「すべてのデータポイントに対してなるべく近い」位置にくる最良の近似直線が一本に決まるのだ。大人はずるい。

こうした回帰直線などの近似直線であれば、見ただけですぐ「何かしらの計算処理を行った実線を引いたんだな」と分かるところだが、統計解析手法の中には、一見しただけでは一体どのような計算処理を行ったのか分かりにくい実線の結び方もある。それこそ、データの性質にもよるが、単にデータポイントを直線で結んだだけのように見える実線が、実は何かしらの統計手法によって計算処理を行った後に引かれた、補正後の線であることもある。ただし、今回はその手のものではない。原文は、そういった統計分析の背景に対する断り書きをしたいのだ。

実はここで、「先頭重視・後方重視」が反転した世界であるはずの英語と日本語が、奇妙な一致を見せる。両者とも「ただし書き」は後方に据えたいと考えているのだ。

今回の場合、「which is not indicating any other calculated data」という箇所が「ただし書き」の内容になる。先ほど説明したように、統計解析にはデータポイントを線で結ぶ際に一定の計算処理を行うこともあるが、今回はいかなる計算処理も行っていないという「ただし書き」をする内容になっている。英語も日本語も、こういった「ただし書き」は是非とも最後尾に据えたいという意見で一致している。

今回の場合、「ただし書き」を最後尾に置いたままで「後ろから訳す」ことを試みると、何一つ「後ろから訳す」ことがなくなるのがお分かり頂けるだろう。順番に「前から訳す」だけでいいパターンだというわけだ。訳例として、「より良い可視化のためにデータポイント同士は実線で結んだが、この線はデータに対する何かしらの計算結果を示すものではありません。」という翻訳ができると思う。

ではなぜ、こうした「裏の裏が裏」パターンは機械翻訳にとって「弁慶の泣き所」と言えるのか?それは「裏の裏が裏」パターンは、文章の内容を理解しなければ見抜けないパターンだからだ。

先ほど説明したように、機械翻訳はランダムに語順を入れ替えて作成した無数の訳文に対する正誤判定を学習することで、より正確な翻訳を目指している。つまり、機械翻訳は原文を理解しないまま翻訳を行っていると言っても過言ではない。原文を理解していないから、「意味」や「内容」から判断して翻訳手法を使い分けるということは出来ない。そういった判断は、設計上不可能だということになる。

先ほど紹介した「裏の裏が裏」パターンは、英語も日本語も「ただし書き」については是非とも最後尾に据えたいという点で両者の思惑が合致してしまったために起きた現象だが、目の前に現れた関係代名詞が「ただし書き」の関係代名詞だと気付くためには、原文の内容を十分理解していることが絶対に避けられない条件として立ち塞がってくる。もちろん「ただし書き」の関係代名詞として、カンマを付ける非制限用法の関係代名詞というものが英文法には備わっているが、取り立ててわざわざ非制限用法を使わなくても「ただし書き」の意味で関係代名詞を使ってしまうことは非常によくある。

だが、世の中には気の早い人が結論を急いたりすることもあるわけで、そういう方は「近い将来、翻訳というのはすべてAIが行うようになって、人間は一切苦労しなくても他言語の文章が読めるようになる」という素晴らしい未来絵図を示したりもする。しかし、翻訳を行う上で原文を十分に理解するというのは絶対に避けられない作業工程だ。先ほど例示したように、「原文の内容を理解した上でないと、どの翻訳手法を使うのが適切か判断できない」というパターンが確実に存在するからだ。そして機械翻訳は「内容を理解しないまま翻訳する」という出発点から走り始めてしまった以上、どれほど学習を重ねたところで「高い精度」の翻訳という水準を超える日は来ない。そして人が翻訳に求める水準というのは、決して「高い精度」ではない。「信頼できる精度」である。

AIがすべての翻訳を担い、翻訳された内容は原文に忠実な内容であると責任を持って保証できるようになるためには、現在AIが進化し続ける延長線上ではなく、まったく別の発想・構築・設計が是非とも必要になる。人工知能の技術水準というのは、もうすでに何かしらの「パラダイムシフト」を必要とする段階にまで来ているが、実は「精度が良い」と話題の機械翻訳の分野ですら、何か天井のようなものが見え始めていると言えるのではないだろうか。

 

5. 「英語は前から訳すか?後ろから訳すか?」の結論

そろそろ右手の中で爆睡していた黒毛が腹をすかせて不機嫌になり始めたので、タイトルで提示した命題に対して一定の結論を導いておきたいと思う。文鳥という生き物は小柄な身体で活発に運動するため、一日に何度も食事を摂る。毛繕いをしたり、昼寝をしたり、現在彼女を募集中であるとさえずったり、飼い主の右手を不法占拠して巣作りしたり、文鳥は大変忙しい生き物だ。

結局、英語は前から訳すか?後ろから訳すか?結論からして言えば、「内容を見て判断するしかない」と言う他ない。ケースバイケースとも言う。状況次第とも言う。高度な柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応するしかない。大人だからな、仕方ない。

ただしこのままでは、せっかくここまで話を進めてきたというのに何かしら断言できるような快刀乱麻な結論もなく話が空中霧散してしまった感じもあるし、翻訳について少しでも有益な知識が得られるのではと期待して読み進めてきた方にとっては肩透かしどころではないかもしれない。まあ、「翻訳に方程式は存在しない」と言ってしまえばそこまでだが、翻訳に方程式は存在しないからこそ、正解はないとも言えるが、不正解もまたないと言える。過去には、優れた翻訳者による非常に痛快な「誤訳」というものもあり、見ていて非常に勇気づけられる先例があるので、ここで紹介しておく。

映画ファンの間でお馴染みのキューブリック監督といえば、「時計仕掛けのオレンジ」「フルメタルジャケット」「シャイニング」「2001年宇宙の旅」を代表作に挙げる人も多いが、「博士の異常な愛情」もまた彼が手掛けた映画の中でも映画史に残る傑作である。ちなみに日曜の顔でお馴染みの大喜利番組「笑点」は、2001年の番組企画で「座布団10枚獲得した方に『2001年宇宙の旅』を差し上げます」と公言し、見事、座布団10枚を達成した三遊亭小遊三師匠に対しては公約通り「2001円府中の足袋」が贈呈されたという歴史がある。

キューブリック監督は、自分の映画が他言語へ翻訳される際に非常に口出しすることでも知られており、特にタイトルに関しては、原題とかけ離れた訳を当てることを決して許さなかった。ちなみに「時計仕掛けのオレンジ」「フルメタルジャケット」「シャイニング」「2001年宇宙の旅」の原題はそれぞれ「A Clockwork Orange」「Full Metal Jacket」「The Shining」「2001: A Space Odyssey」と、極めて原題に即した邦題が付けられていることが分かる。

さてここで問題になるのが、「博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」だ。

この映画の原題は「Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb」。一目見ただけで分かる通り、邦題の「博士の異常な愛情」にあたる部分は、本来であれば「ストレンジラヴ博士」と訳されるべきところ。原題は、サザエさんやドラえもんと同じように、主人公の名前がタイトルにドーンと打ち出されている系のタイトルだったわけだ。

この誤訳はいかにしてキューブリック監督の目をすり抜けたかというと、「Dr. Strangelove」を単語単位に分割して日本語化し「博士 異常な 愛情」といった具合にバラバラに翻訳したら、接続部分をちょいちょいと手直ししてそのまま邦題としたのだ。「英語は後ろから訳すのがセオリー」だとか「先頭重視・後方重視」といったことを一切無視した、まごうことなき誤訳でありながら、「創意工夫を凝らしたタイトルを付けることを一切認めない」という偏屈屋のキューブリック監督の目をうまく盗んでゴーサインを頂戴することに成功した、創意工夫あふれる誤訳だと言える。口に出して読み上げてみると「異常な愛情」とリズミカルに韻を踏んでいるのも小気味いい上に、とんでもない誤訳でありながら映画の内容に即したタイトルであることに変わりないというきれいな着地を見せているのも奇跡的だと言えるのではないだろうか。この邦題を手掛けた人物は、こっそりキューブリック監督に向けて舌を出していたに違いないと、その姿が目に浮かぶような素晴らしい誤訳である。

翻訳というと、どうしても「原文に忠実な訳文以外は認められない」といった堅苦しい世界なのではと想像する人も多いかもしれないが、実は先に挙げた例のように、「法の隙間」が確実に存在するのが翻訳だったりもする。さすがに「博士の異常な愛情」級に突拍子もないとんでも誤訳を連発されるのは困ってしまうが、それでも翻訳には、少なからず自由な領域がどこかに必ず残されている。下手に自由が残されているもんだからかえって苦労することもあるし、こうしたわずかな自由にこそ翻訳の醍醐味が詰まっていたりもする。

黒毛が本格的にひもじいと暴れはじめたので、本日はこれにてお開き。